世界は生命に満ち溢れすぎてはいないか?

蟲師

2007年、大友克洋監督作品
出演・オダギリジョ−、江角マキコ、蒼井優、大森南朋、他

時代は文明開化が始まった明治初期
日本各地を流れるように渡り歩き
辿り着いた土地で起きる異形の存在「蟲」が絡んだ事件を解決していく「蟲師」
主人公のギンコ(オダギリ)もそんな蟲師の一人
彼は幼い頃に母親を亡くし、同じく蟲師であった白髪片目の女性「ぬい(江角)」に拾われる
ぬいは「トコヤミ」という蟲を調べつつ、住んでいる小屋の近くの沼に住む蟲を危険視していた
ぬいとの生活も数ヶ月が過ぎ、とある事件のせいでぬいから離れ一人で放浪を始めたギンコ
物語は雪が降る夜に彼が立ち寄った村から始まる
その村では、雪が降り積もる晩には片耳が聞こえなくなるという病に侵された住民がいて…

ぶっちゃけて言えば昔話風の「妖怪退治」な話です
でもこの「蟲師」の違うところは
異形たる「蟲」を退治するのではなく
そこに住んでる人間たちに「共存していく知恵」を授けていくというところです
「人間も蟲も生きている、蟲より知性がある人間は彼らに対する知恵を身につけ共存していけばいい」
ギンコはこういうポリシ−の下、時には蟲を祓い時には共存する術を与えて旅をしていきます

ぶっちゃけ俺は漆原友紀氏の描く原作の「蟲師」のが好きです
映画には登場しなかったので個人的に好きなシ−ンのネタバラシ
一巻で「神の左手を持つ少年」という人物が登場します
彼は左手で描いたものが生命として活動を始めてしまうという
とんでもない能力を持っていて
※手紙などで漢字で「鳥」と書くと、元々は象形文字たる漢字の「鳥」は生命を得て飛び回り始めるみたいな
山奥でひっそりと暮らしていた彼の下にギンコが現れ云々な話で
その少年が言った台詞が心に残っています
少年「お婆ちゃんは僕に見えてた異形の何かを恐ろしがっていたけれど、僕はこんな変なものが世界に存在しているという事実が嬉しいんだよ」
なんとなくいてほしいと思う「何か」の象徴が蟲なわけで
俺もなんとなくそう思いましたね

この物語は民話風味なテイストで描かれており
原作者は元々民話好きな方で、そういう表現はすばらしいと思いました
現代風の昔話みたいな感じです
そうではなくても
古来より日本人は自然そのものを「神」と崇めて畏れています
海の神様、山の神様、日本には色んなところに神様がいて「八百万神」という言い回しを神道ではします
自然は人間に対して厳しい一面もありますが
美しさや豊饒などの恩恵ももたらしてくれます
そうやって昔の日本人は自然と共存してたと思います
なんとなく「蟲師」という物語はそれをちょっとだけ思い出させてくれたような気がしました

ちなみに映画では明治初期の日本という形を取りましたが
原作では昔の日本に「良く似た何処か」という設定で
ほんとに昔話の「昔々あるところに…」という感じです
俺が映画に不満があったのはこの一点だけでしょうか

原作で好きな話は
「緑の座」「筆の海(映画に盛り込まれてる)」「雨が降る、虹が立つ(これも映画に盛り込まれてる)」
「野末の宴」「山抱く衣」こんなとこかな
興味が沸いたら原作も読んでみるといいかも